意味が変化する

朝起きるとトマトや血が青く見え、空や海が赤く見えた

  1. 世界が変化した
    • トマトや血が青くなり、空や海が赤くなった
  2. 目や脳が変化した
    • トマトや血が青く見えるようになり、空や海が赤く見えるようになった
  3. 記憶が変化した
    • これまでもずっとトマトや血は青く空や海は赤かったが、記憶が変化し、これまでトマトや血は赤く空や海は青く見えていた、という記憶になった。
  4. 意味が変化した
    • 朝起きるとトマトや血の色が「青」と呼ばれるようになり、空や海が「赤」と呼ばれるようになった。
  5. 受け止め方が変わった
    • トマトや血を見て青いと思えるようになり、空や海が赤いと思えるようになった
    • 見え方の変化との違いは、想像の中でも変化したことでわかる

意味は記憶に対しても適用されるから、意味の変化は違いとして感じられない、と『私今神』には書かれている。
1.2.3.5.の変化に対する感知は受動的なものだが、意味の変化だけは、自分の感知しないところで勝手に変わってしまったのを受け取る、という形にはなっていないような気がするのだが気のせいだろうか……。
『私今神』に書かれているように、他人全員が急に赤を青の意味で、青を赤の意味で使用しだしたら、「もしかしたら昨夜、私の言葉の意味が変化したのかもしれない。」と思うことはできそうな気がする。となると、意味の変化も受動的に受け止めることができることになる。

と3年前に書きましたが「意味が変化する」ということについてもうちょっとちゃんと考えようと思います。