日記

女の子がかけているハエの目のようなサングラス
という表現がたいそう可愛らしかったので、大きなサングラスをしている女性の写真が何割か増しで可愛く見えるようになったような気がする。
という文章を、女性である私が見ると確実に腹を立ててしまったと思う。腹が立つので上の文章を書いた人は悪い、と思いたいのではなくて、腹が立つからくりについて知りたいのだ。まず、大きなサングラスをかけている女性や大きなサングラスをかけるという趣味や大きなサングラスをかけている女性を好ましく思う趣味について、前提説明抜きで低く見ており、説明すると対決されるからそれを避けるという卑怯さ、説明抜きでいきなり書くという卑怯さを小粋だと考えていそうなつまらなさ、低く見ているのなら正面から言えばいいのに、低く見ておらずむしろ高く評価していると表明し、しかも低く見ているという評価は温存している、という5重のいやらしさを感じるからではないか、と思いました。今日tumblrで大きなサングラスをかけた可愛らしい女性の写真を見て、上のようなことを思いました。「かわいい」という表現は対象について何も言っていないがある方向に向けて表明される、とは言っても、かわいいと言うことと醜いと言うことは異なる。醜いとは言わずに可愛いと言うこと、さらに、可愛いとも醜いとも言わずに、ここが長くあそこは短くここは赤色であそこは緑色だ、と言うことは、どこを向いているということになるか。