日記

ウィトゲンシュタイン最後の思考』つづき。
私はまったく持続力がありません。新しいノートは1ページ目の半分を越えるともう字が汚くなってくるし、おもしろい!と思って読み始めた本も5ページを過ぎると眠くなってしまいます。哲学の議論は細部こそ命、なのかもしれませんが、哲学に限らないかもしれませんが、細部を突き詰めることが、ただの無味乾燥な整理作業になってしまう、ように感じてきてしまいます。説明ということが、そもそも、起伏に富んだものを平板化していくものなのかもしれません。しかし『ウィトゲンシュタイン入門』には、細部はないかもしれませんが、常に窮所を抉り取るような鋭さがあったように思います。『ウィトゲンシュタイン最後の思考』は、細かな議論という名前の平板化が起こっているような(私から見れば山田さんは神のような方でありますが、神をも畏れぬ、覚悟で、自分の怠惰な好みを言うと)しょせん寝転んでビール飲みながら読むような読み方しかしていないので、眠くなってしまった、ということだと思います。ハッとするような新鮮な問いが、永井さんのようにその問いを輝かせるような読みではなく(私のような理解が輝いているかというと単に通俗的なだけなのかもしれませんが)、その問いがキチン……と灰色に整理されていくような読みで、読めば読むほど暗くなっていくような、何も読めていないのにすみません……。具体的にここがこうだから灰色だ、と言わなければ何も言っていないのと同じなのでいろいろ書きたいのですが眠いので寝ます。すみません。