法則の二つの面

石を持った手を広げると、通常、石は落ちます。あるとき、石を持った手を広げると、石が落ちずに空中に浮かんだとします。それを見て私たちは、万有引力の法則の反証データが得られた、と判断するか、というと、そうは判断しません。万有引力の法則、力学の基本法則は今までどおりですが、石が浮かぶ原因が、他に存在する、と判断します。例えば、実は、石を吹き上げる風が下から吹いていたとか、石が磁力を帯びていたとか、です。そのような簡単な原因が発見できればよいですが、そのような簡単な原因が発見できなくても、万有引力の法則の反証データが得られたとは判断せず、石を浮かばせる何か力学的な理由があるはずだ、と考えます。なぜなら、石を持った手を広げると石は落ちる、というような、力学の基本法則は、もしそれが成り立たなければ、これまでの日常が一変してしまうような、森羅万象のあらゆる物の動きを規定する法則だからです。仮に、石を持った手を広げると石は落ちないことが、万有引力の法則の反証データだとすると、石を持った手を広げると石は落ちないだけでは済まないような、常識的世界観の完全な破壊にまで至らないわけにはいきません。ですから、石を持った手を広げると石は落ちないことについて、いくら探ってもその原因がわからない場合でも、石を浮かばせる力学的な理由があると考えざるを得ないわけです。もし、一見して常識的世界観が全く成り立たなくなるような状況が観察できれば、(そうなっても私たちが生きていられれば、)万有引力の法則や、基本的な力学法則が成り立たなくなったという事を受け入れざるを得ないかもしれませんが、たかが石が浮かんでいる程度では、その原因が全くわからなかったとしても、万有引力の法則や、基本的な力学法則が成り立たなくなったと結論付けることは、決してできません。つまり、現在では、少なくとも地球上のほとんどの物体の動きに関しては、基本的な力学法則は、アプリオリに成り立つのであり、ほとんど定義のようにして用いられる、と言えるのではないでしょうか。これは、ガリレオが、物体の落下についての基本法則を考えていたときの状況とは、全く異なります。