重いものほど速く落ちることを否定する思考実験について7 重さと速さの関係2

絵の具を思いついたのは、物の分割における重さと速さの関係を、体積と色の濃さの関係として、異なった面から考えなおすことができないか、と思ったからで、ただの思い付きです。速さと濃さは全然違う概念だから、速さを考えるのに濃さを考えるなどというのは、無意味な妄想かもしれません。たくさん絵の具を溶かすほど水の色は濃くなる、と仮定します。こう仮定した場合、緑色の絵の具の塊Aと、緑色の絵の具の塊Bをくっつけた緑色の絵の具の塊Cを水に溶かすと、当然Cの体積はAの体積Bの体積の和になり、水の濃さも、Aだけを溶かしたときの濃さと、Bだけを溶かしたときの濃さ、のどちらよりも濃くなると思われます。これが結論1です。Aを溶かした水に、Bを溶かすと、その水は、Aだけを溶かしたときの水の濃さと、Bだけを溶かしたときの水の濃さの、平均になります。これが結論2です。とはならないと思います。結論2は明らかにおかしい、と感じられます。結論2のようにはならず、Aを溶かした水に、Bを溶かすと、AとB(=C)を同時に溶かしたときの水の濃さになる、ように感じられますし、実際もそうなると思います(経験的に)。水に絵の具を溶かしたときは、絵の具の体積の和が、そのまま水の濃さになります。それは、AとBをくっつけたものを溶かしたときも、AとBを分離して溶かしたときも同じです。しかし、重いものほど速く落ちると考えたときの落下速度は、AとBをくっつけたものだと、AよりもBよりも速く落ち、AとBそれぞれが独立の速度で落ちると考えると、Aの落下速度とBの落下速度のつりあう速度で落下すると考えられてしまいます。この、濃さの和と速さの和の違いは、何によるのか、と考えるのは変なことでしょうか。全然違うのだから比べるのもおかしな話だとは思うのですが、ここには比べられる何かがあり、その何かの差が、濃さと速さの違いのような気がします。比べられる何かがあると先に考えているのだからそれが原因なのは当たり前の話なのかも知れませんが……。
重さの単純な和に起因する落下の速さと、速さの釣り合いによる落下の速さ、について考えると、どうにも考えにくい、隔靴掻痒の感を否めない、いつまでたっても騙されているような、考え違いをしているような気にさせられるのに対し、絵の具の濃さについては明確です。Aを溶かしBを溶かすと、どちらか一方だけを溶かしたよりも濃い、のは当然のことです。体積の量がそのまま濃さへとつながる直接性があります。Aだけ溶かした、Aだけ濃くなった、Bだけ溶かした、Bだけ濃くなった、AとBを溶かした、AとBを溶かしただけ濃くなった、明白すぎる当たり前の現象です。もし、AとBを溶かしたとき、Aだけを溶かすよりも薄くなったとしたら、それは実験を間違えたか、溶かし方が間違っているか、何か未知の他の要因が作用している(何か化学作用的な)、と考える以外ないでしょう。まあ、これは、絵の具がそのようには溶けないという事実が前提となっている話ですから、そうではない話をして、そんなことはありえない、と言っても、論点先取というか同語反復なのかもしれませんので間違っているような気もするのですが、絵の具の溶けたときの水の濃さは、溶かした絵の具の体積と直接的な関係があると考えざるを得ません。それに比べると、物の重さと速さは、直接的には何の関係もありません。重さと速さは全く無関係の概念です。だからこそ、重いものほど速く落ちる、ということと、重さと落下速度は関係ない、ということが、どちらかよくわからない、と感じることができてしまうのではないでしょうか? 物の重さと落下速度の関係は、絵の具の体積と濃さのような直接性が全くない、偶然的な関係です。重いほど速く落ちるかもしれないし、速く落ちないかもしれない。絵の具のそれ以外ありえない直接性とは全く異なります。今私はものすごく当たり前のことをあほの子のように得意げに書いているような気がして恐ろしい気持ちになってきましたのですみません……。物の重さと速さにどうもよくわからない部分があるのは、この関係の偶然性によるのではないでしょうか。だからいくら思考実験で矛盾を導き出したといっても、そうかもしれないし、そうでないかもしれない、ぐらいの実感しか得ることができないのではないでしょうか。物の重さのずしっとした感覚による重さと速さの関係(重いものほど速く落ちる)が実感されたり、ばらばらにおとすと独立の速さで落ち、ひもでつなげると釣り合う速度で落ち、くっつけると両者の速さ(重さ)を足した速さで落ちる、と実感できたりする。これは結局、重さと速さの関係が、目には見えない、考えのなかで結び付けるしかない、偶然的な関係、外的な関係であり、にもかかわらずその根拠を実感に求めた、ことによるのではないでしょうか。いやそんなことは最初からわかっているのわけですが、この思考実験の実感できにくい感じは、絵の具の思考実験の実感しやすさとの対比から、よりはっきりとわかったように思いました。いや、わかりませんでした。溶かすことと色の濃さに直接性はないです。例えば塩を水に溶かすとある量以下なら水に完全に溶けてしまい見ただけではただの水に見えるわけで塩溶液だとはわからない、という例があります。絵の具と水の色の濃さに直接的な関係はない、とも考えられる。
落下の思考実験には、物の重さを分割したときその部分が独立の速さで落ちると考えることができるか、という、実験で試すことができず(分割してしまったら別のものだから)、実感に頼ることもできない、直接的な関係(内的な関係)がないことについて、実感に頼って考えてしまったから矛盾が起きている、ということになるのではないでしょうか。この思考実験では、物の落ちる速さはその重さとは関係ないと結論することはできない、ように思えてしまいます。では、そう考えてしまう考えのどこが間違っているのか、ということになるわけです。