人を見る、人の性質を見る

罪を憎んで人を憎まず、は、いい言葉に思えるけど、才能を愛してその人を愛さず、は、いい言葉だと感じない、という問題があります。
 
罪を憎んで人を憎まず、という言葉は、小さいころから知っていましたが、実感的に意味がわかるようになったのは、去年ぐらいからです。それまでは、罪を憎む、ということがまったくわかりませんでした。殺人という行為は明らかにそれを行う人がいないと成り立たないのだから、殺人だけを憎むなんて不可能だ、と思っていました。いまは、そうであるしかなかった状況の中にしか人間はいない、ということから、人そのものを憎んでもしょうがない、という理解ができる、ということはわか、りました。
 
さて、罪を憎んで人を憎まず、はその人そのものを憎むのではなく、その罪が行われた状況、その罪が現に成立せざるを得なかった社会的歴史的生物学的物理的状況について、その原因をさぐり、防止策を練る、といった意味だとすると、才能を愛してその人を愛さず、も同様の意味になるでしょう。しかし、ここに何か不思議なねじれを感じないでしょうか。
 
どちらも言っている内容は同じなのに、罪を憎んで人を憎まず、は、いい言葉に思え、才能を愛してその人を愛さず、は、いい言葉には思えません。人を憎んではいけないが、愛するのはいい、というだけのことだ、とも思えますが、それなら上で考えた、状況理解についてはどうなるのか。状況理解は価値的には無意味なのか。