日記

『ザ・マスター』2013 ポール・トーマス・アンダーソン 138分(新宿バルト9)◎
 
映画的にいいのかどうかはわかりません。映画的にいいかどうか、までもいかず、映画を見た気にすら、あまりなりませんでした。
それなのに、ここ10年でいちばん泣きました。こんなに泣いたのは久しぶりです。ということはすぐ陳腐化してしまう、ということかもしれませんが。
人がふたり出てきて、そのふたりが、要所要所で激しい怒りを示します。
普通、映画に怒りが出てきたとき、その怒りは、悪者の悪っぽさを示すものであったり、良い人の正義を示すものであったり、ただただみっともないものであったり、するものです。
しかし、この映画の怒りは、そのどれでもありません。みっともないのはみっともないのですが、ただみっともないだけでは全然ないのです。何かがおかしいのです。なまの怒りがそのまま転がされているような、ただ怒りだけが露出しているような、戸惑いを感じずに受け取るのは難しいような、そうした怒りなのです。
「怒らない」なんて、そんなみみっちいことを言ってどうする、すべての怒りを、みっともない怒りを、肯定する。怒りはみっともない。みっともないしくだらない。肯定なんてできない。でも、怒りは、泣ける。
という感想です。