メモ

私たちは生まれてからこれまでずっと,「自分」でしかありません。他人になったことがある,という人はいないはずです。私たちは自分の目で見,自分の耳で聞き,自分で体験したことしか知りませんし,自分の心の中しか知りません。他人の目で見たり,他人の心を直接体験することはできません。でもこれだと,自分の心の中を他人と比べて調子がいいとか悪いとかは言えないはずです。

でも私たちは,一応,他人の心の中をある程度体験できますし,他人と同じものを見たり聞いたりはできます(できていると信じています)。これは,生まれてからずっと周りの人と(主に言葉のレベルで)コミュニケーションを繰り返してきたことによって,心の中にできてきた「信頼」によるものと考えられます。私の周りには世界がちゃんと存在して,人が存在して,同じものを同じように見,同じように聞いているはずだ,という「信頼」です。私たちはこの信頼によって自分の心を他人の心と比べることができ,周りの人と体験を共有できます。

ところが,この病気によって真っ先に障害されるのが,まさに心の中のこの部分なのです。周りの世界や周りの人たちと共有しているものへの心の中の信頼が失われてしまいます。そのためこの病気の症状が出てくると,患者さんは自分の心の中の出来事を,周りの世界や他人の心と比較対照して客観的にとらえることができなくなります。自分の心の中の出来事に囚われてしまって,自分の考えや感覚を訂正する心の余裕がなくなってしまいます。

例えば,もし私が今,「世界は今まさに宇宙人から侵略されようとしている,早く何とかしないと世界は滅んでしまう」という気持ちを抱いたとします。普通なら,周りの世界がいつもと何一つ変わりなく,周りの人たちもいつもと全く同じように過ごしていることから,「ああ,思い過ごしだったんだな」と自分の考えを訂正できます。しかし今まさにこの病気が発症しようとしている場合には,私の心の中は余裕を失っていて,周りの世界は非常に緊迫した「いつもと全く違った」様子に感じられ,人々は生気を失ったまるでロボットのような奇妙な感じに見えます。「もう宇宙人に身体を乗っ取られているんだ」と感じるかもしれません。周りのちょっとした物音は宇宙人の足音や何らかの裏工作をしている物音かもしれませんし,街を行く車のクラクションの音も何かのサインのように聞こえます。健康なあなたは笑うかもしれませんが,本当に自分の心にこういう事態が発生した時のことを真剣に考えてみて下さい。家族が「病院へ行こう」と言ってもそれは「宇宙人が自分の身体を乗っ取ろうとしているんだ」としか感じられないでしょうし,病院へ無理矢理連れて行かれて注射でもされたなら,本当に殺されるような恐怖を感じるでしょう。

妄想の内容が、「世界は今まさに宇宙人から侵略されようとしている,早く何とかしないと世界は滅んでしまう」ではなく、もっと現実にありそうなこと(google:すれ違う人 悪口)(もちろん宇宙人の場合も本人にとってはありそうなことなのでしょうが)である場合がやっかいだと思います。以前「医者は妄想だと言うけれども実際にありうる話ではないか」という患者と思われる方のエントリーに、「その通りだ」と賛同を示すブックマーク(患者ではなさそうの方々のもの)がいくつかついているのを見て、難しいなあと思ったことがあります。