論理は語れる(鬼界さん)のか、語れない(永井さん)のか

論理について明示的に語らなくても、何かを語ることのうちに示されることは確かにあるが、その「示されること」は語ることができないことではない。人間の言語は「極大性言語」(表現力が極大の言語)であり、「およそ語りうることは明晰に語りうる」のである、というのが鬼界さんの主張。
永井さん(永井さんの説明するウィトゲンシュタイン)は↓