日記

朝コインランドリーで洗濯しながら『私今神』少し。
多分2回は読んだ(ながめた)と思うのだけれど、なぜ内容を全然覚えていないのか……。
多分これまで読み飛ばさないにしてもあまり引っかからなかった本文最初の2ページに引っかかる。

  • 「既成の有意味性に奉仕する」≠「人生を生きる」

ということが書かれており、そこからすぐにキッズのことを連想したのですけれど、学校の備品がなくなったことについて生徒を疑う先生に対し「物はただ突然無くなるということもありうるのではないか」と発言した中学生永井さんに、「996、998、1000ときて、1000を超えたら次は1004、1008じゃないですか」とわざとらしくとぼける生徒と同じ種類の自覚された「的外れ」を感じかねない(「下品」な邪推だとは思います。すみません……)以上に、キッズを「アート」や音楽やダンスや「あなた(市場)にとっての重要さ」といった「既成の有意味性」とは関係のない(ことはないからこそ、という部分もある)ところで楽しんでいるということをわざわざ言うのは「的外れ」なのではないか、と思えてしまう部分もある。



あまりにもつらいので脳の本を読むのをやめた。半分くらいまで。