本当の強さ

はらわたが煮えくりかえるほど人を恨んだこともあった。信頼する人間に欺かれると、自分のすべてをはぎ取られたように自暴自棄になる。でも、しばらく経つと、思うんだ。裏切る人間を近くに置いたのは誰よ?とね。オレが選んだんじゃねえか!って。若い時にヒット曲が生まれて、周りに人がたくさん集まってくると、自分が特別に思えてしまう。有頂天になる。人生に勝った気分になって、猿回しのサルのような己に気付かない。そんな、どこまでも天狗になった自分の鼻をバーン!と蹴り折られたのが30代だったのかもしれない」
 何が起きても心が揺るがない真の強さが欲しかった。
「裏切ったヤツと街でばったり出会った時に、よっ、久しぶり! 貴様! 元気か?と笑える、本当の意味で強い人間になりたいと思った」
 本格的なトレーニングを行うため、長渕は東京台東区にあるトレーニング・センター、サンプレイの門を叩いた。40代になろうという頃のことである。

http://goethe.nikkei.co.jp/human/101228/01.html

「この10年、オレ、欠かさず日誌をつけているんだ」
 長渕のパブリック・イメージからは几帳面に日誌を書く姿を想像できなかった。間近で向き合うと、するどい目は厳しさと同時に穏やかさも感じさせる。しかし、日誌をつけるキャラクターには見えない。
「その日の出来事、食事内容、そしてトレーニングのメニューをね、毎日書きとめている。書くとは事実を自分に突きつける作業。オレには絶対に必要」
 その日にやると決めたことをやらないと、長渕は自分に我慢がならなくなる。
「できなかった、クソッ!」
 悔しさを晴らすために、翌日は倍のトレーニングを行う。
「日誌を書くと、その日の自分のほんの小さな弱さを見逃さずに済む。反省もする。取り戻そうとする。自分のケツは自分で拭いてケジメつけて生きていくという当たり前の覚悟が宿る」
 長渕の一日は、朝7時のストレッチで始まる。ベッドの上でおよそ20分、身体を入念にほぐして、本格的な筋力トレーニングに入る。懸垂、腹筋、背筋、広背筋を鍛えるラット・プル・ダウン、ロープ(縄跳び)……などを約2時間行い、ようやくその日最初の食事を摂る。炭水化物は1食80gだ。ジャケットのふところをまさぐり、ラップに包まれた小さめのおにぎりをひとつ見せてくれた。
「自宅にいる日の食事は蒸し魚、生野菜のしぼり汁、ボウル1杯のサラダ。カロリーは少ないが量は多い。腹いっぱいになる」
 音楽活動は、午前のトレーニングと食事を終えてから始める。

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「こうして思うとね、30代後半に悔しい思いを体験したことはすごくよかった。順風満帆だったら、自分を変えようなんて考えなかった。有頂天だったころは、現場で力ずくで自分の筋を通したこともあった。おい! こら!とね。それは、オレの心が弱かったんだ。不安だったんだ。そういう態度が誤解も生んだ。頭も打たれた。悔しかった。でも、悔しさは力だ。神様が与えてくれた試練だ。悔しかったからこそ、自分から変わろうと思ったんだから」
 この思いを、今、長渕はスタッフやバンドと共有し、音楽を作っていく。ツアー前の合宿では、楽曲のリハーサルだけではなく、フィジカルのトレーニングを行い、ともに汗を流す。
「オレの周りには、グウタラとかヘタレといわれるヤツはいない。人の前でパフォーマンスをやる人間にとってデブは敗北。肥満を年齢のせいにするパフォーマーは人前に出るな! デブは必要ない。少なくともオレはデブにはならない。これ、アーティストでなくても、あらゆるビジネスにも共通することなのだ。自己管理ができないヤツはだめだ。暴飲暴食の果ての、血糖値が、肝臓の数値が……なんていう言葉、オレは聞きたくない。やるべきことはわかりきっている。煙草をやめる。酒を減らす。食事の内容を意識する。グズグズ迷わずに今日からジムに通ってみる。そのほうが、理屈で考えるよりも確実に、人生も、仕事も、目の前が開けていく。まず、自分をとりまく環境を変える。居場所を変える。簡単なことだ。心の痛みをしょい込むより、肉体の痛みを毎日実感しながら、昨日よりも強い精神を宿らせろ!」

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