日記

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今日は非常に奇妙なことが起こったのでお話します。
土日は昼から24時近くまで作業場で仕事をしておりました。作業場に出ているのは私だけでした。私自身の能力の低さにより私だけが作業をしなければ間に合わないからでした。私は私の能力の低さや私の能力の低さにより他人に迷惑をかけることを気にやみ落ち込んだり自分の評価が低くなることを悩んだりして落ち込みながらも焦って心臓が速く動き落ち着かないという最悪の気分で土日を過ごし深夜2時近くに家に着きそこでせめてゆっくり寝られればいいのですが相変わらずドンドンと騒音が響く部屋で耳栓をしながら「意味がわかると怖いコピペ」というもう8回はまとめサイトで目にしたようなサイトをなぜか読み始めました。すると不思議と怖く面白く感じでもたいていはつまらないと思いながら不思議な怖さと満足を感じて3時ごろ寝ました。今日の朝は久しぶりに夜更かししたのでとても眠くまだ作業が終わっていないから朝早く作業場に行き残った作業の続きをしなければと昨夜帰るときには思っていたのですがいつもどおりぎりぎり遅刻なぜか間に合うという時刻に会社に着くような次第でした。ところがそこからです。いつもは心労とプレッシャーや自分の能力の低さで押しつぶされそうなのですが、なぜか生き生きと楽しく作業ができているのです。それに気付いたのは夕方でした。やっているときはそんなことは意識しません。あれ、今日の私は陽気だなと夕方ごろ突然気付いたのです。なぜかわかりませんがとても楽しく軽口をたたきながら自然な意欲を持って楽しく仕事ができていたのです。そういえば今朝の電車は今住んでいるところに来て以来一番の混雑で体が激しく圧縮されたのですが、不快な気持ちには全くなりませんでした。私は朝や夜の通勤帰宅電車では他人の動向に毎日毎日激怒しているのにです。自分でもあきれるくらい他人に悪さを見出して怒ってしまいます。満員電車なんだから、朝の通勤電車なんだから、夜みんな疲れて混雑した電車に乗っているのだから、自分も同じことをしているのだから、と何度自分に強く言い聞かせても、毎日毎日よくもまあそんなにいろいろな悪さを見つけるもんだと感心するくらい他人の悪さを見つけてそのたびに激怒しいや怒ってはいかん怒ってはいかんと反省するのですがそれでも起こってしまうので私は怒りのお面をかぶったような顔になっているのだろうなあ柔和な人になりたかった誰からもあの人は優しくていい人だと言われる人になりたかった心底なりたかったと思うのですが怒ってしまうのでそういう自分は最悪だと思っていたのですがその私が最高の混雑を私の身体に記録した今朝の電車では乗り換えの2線合わせて家の最寄り駅から会社の最寄り駅まで電車に乗るときだけが読書時間なのに読みたい本も全く読めない混雑だったのに一度も全く不快な感情にならずそれどころか少しリラックスした気持ちで満員電車で圧迫されたら血圧上がるっていうけどそれは血圧上がるっていうかガラガラの電車で座ってのんびりしてるときと全然気分違うしそういうことだろうなぁのようなことを考えながらのんびり気分で会社についたのだけれどそれとなにか関係があるのだろうかどうかはわかりませんが電車内と同じように同じではありませんが陽気でやる気を維持したまま22時過ぎまで仕事をし陽気だとはいえもちろんお昼も休み時間もひとりなのですがそのときすらとてもよい気分で、夕方ごろ自身の好調に気付いたとき、あぁでもこれを思ったのは帰りの電車に乗るころでしたが、これで土日コンサートにでも行っていたら、コンサートは最高だ私の精神にこんなによい結果をもたらした、たまに息抜きはいいものだ(たまにでもないくせに)、コンサートは私の人生に活力を与えてくれる、などと能天気に思ったのだろうなあと思いましたが、つまり私はコンサートにも映画にも行っていないし読書や音楽や絵画その他の文化活動や運動や友人や恋人や家族や親戚や地域の趣味の人との語らいを楽しんだわけでもなく作業場でひとり椅子に座って土日10時間ずつ液晶モニタを凝視していただけなのに次の日の月曜はとても陽気で楽しき意欲を持って作業ができたのであり、こうしたたまさかの恩寵・僥倖が人生には訪れるものなのだなぁ、と思いました。たったこれだけのことがここ数年で最も印象的な幸福っぽい瞬間となった私の感覚は親友や恋人や家族や親戚や共通の目標を持った熱い仲間・熱血努力少年スポーツマンガいまならあqおい坂高校弱虫ペqダルベイqビーステップバqチバチを読んで思わず泣いてしまうという自覚が嘘なのではないかという疑問を感じさせる。いま思い出したが今朝起きるとき非常に眠かったが気分はとてもよかった。なぜなら、小さいころ飼っていた犬がじゃれ付いてきてくすぐったい!という夢を見ていたからで、起きたときもまだ首筋に犬の毛がすれるくすぐったさが残っていて、犬は何でも口に物を入れるから、犬が口をなめてきても不用意に口を開けないようにしなければならないのではないか、わたしはいままで気をつけているが、世間では犬の舌が自分の口の中に入ってきても気にしない人もいるのではないだろうか、そういう人は危険なのではないだろうか、それにしてもウチの犬は本当にかわいいなぁ、などと思いながら目が覚め、起きてから10分くらいは、もう10年以上前に死んだその犬がまだその辺りにいるような気がしていたのだが、そのことと今日一日の陽気さは関係があるだろうか。